小説『春を待つ蟻』第四章その十八

 ふすまを開けると、畳の上に白い段ボール箱が三個。
 開封された状態で置いてあった。
 そして座卓の上に、レコーダー、小型のテレビ、ビデオカメラ、電話機など小型家電と呼ばれるものが並べられている。

 私はビデオカメラを手に取ると、ダイニングから差し込む光を頼りに電源ボタンを押した。

「真衣ちゃん! 何かわかったの!?」

 私の隣に愛名が滑り込んできた。
 液晶画面に姉が撮った動画が数個表示されるが、姉のビデオメッセージはおろか、ずいぶんと古い日付のものばかりだ。

「愛名、明かりつけて!」
「わかった!」

 明かりがつく前に、ダイニングから差し込む光が人の影で小さくなった。
 振り返ると両親が心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
 ジッジッと蛍光灯は音を立て、室内を照らす。
 私はまたビデオカメラに目を向けると、上下左右に回し、あるものが収まっているはずの場所を探した。

「……やっぱりない」
「何がないんだ!」

 父が珍しく怒りの声をあげる。

「……SDカード……」
「そんなもの初めからなかったかもしれないじゃないか! 真衣、あまりこの家をひっかきまわさないで……」

 父の言葉が終わる前に私は「そんなはずはない!」と絶叫し、後ろを振り返った。
 私の剣幕に、両親がひどく戸惑った顔をしている。

「そんなはずはないの! 確かに内臓メモリはあるよ? でも普通は入れるの! だって長時間録画するかもしれないから、入れておくの!」
「じゃあ真衣ちゃん、そのカードってどこにあるの!?」

 愛名が強い力で私の腕にしがみついている。

 ……ビデオカメラのSDカードを入れる場所なんて限られている。
 レコーダーに入れて直接見るか、パソコンに保存するかだ。

「……お父さん。姉ちゃんのパソコンはどこ?」
「そこの……一番奥の段ボールの中だ」

 這うように段ボールの前に移動する。確かに緩衝材に守られた一台のノートパソコンが入っていた。
 緩衝材をどけ、ゆっくりとノートパソコンを引き上げる。
 そしてそのままパソコン脇のSDカード挿入口を探した。

「……あった。やっぱりここに刺さってた……」

 そのままカードを取り出そうかとも思ったが、私はぐっとこらえて、ノートパソコンの電源ボタンを押した。

 ……引っ越しでハードディスクが壊れていませんように。

 パソコンのファンが唸り、画面が真っ黒のまま発光する。

 もしかしたらこのSDカードが全く関係ないものかもしれない。
 ビデオカメラには元々SDカードが入っていなかったのかもしれない。
 それでも姉の遺書が見つからない今、この小さなカードは一筋の光なのだ。

 ハードディスクが鈍い音を立てて回る。なかなかパスワード入力画面に移行せず、黒い画面でマウスポインタが渦を巻いていた。

「お願い、お願い。起動して……」

 心のなかで唱えていた言葉が、口をついて出る。

「お願いします、お願いします」

 いつの間にか私の隣に座っている愛名も、手を組んで祈りの言葉を唱えていた。
 液晶画面が明るく光り、聞きなれたウィンドウズ起動音がなる。思わず二人で小さな歓声をあげる。
 そしてパスワード入力画面だ。

「愛名。愛名はこのパソコンのパスワード知ってるよね?」

 私の家にいた時、愛名は「家ではほとんどパソコンを使わない」と言っていた。
 使っていないとは言っていない。
 それならばこのパソコンのパスワードを愛名は知っているはずだ。

「うん。……aina1008だよ。愛名の名前と、誕生日」

 ……姉ちゃんはこのパソコンを立ち上げるたびに、娘の名前と誕生日を入力していたのか。

 緊張の面持ちをしている愛名に、「わかったよ」と微笑みを返した。
 キーボードの上で指を滑らせパスワードを入力すると承認され、マウスポインタが渦を巻く。
 起動したことがわかったのか、背後から畳をするような足音が聞こえてきた。

この記事へのコメント